亡くなった方にさようならはおかしいに違いない。しかし妙な寂しさに取りつかれ重苦しくなると、我らが旗手よさよならと窓外に視線を移すよりない。
庭の片隅で桜草が芽を出し始めている。広げた新聞が大江健三郎さんが亡くなったのを告げている。10日ほどまえの3日だそうな。
老衰と報じられた。多分本人の意思でそうなったのだろう。「僕が死んだら老衰ということにしてくれ」という彼の言葉が聞こえるような気さえする。老衰は、医師の言葉ではない。
しかし彼の死を伝えるにふさわしい言葉と思える。本人はまだ語り足りなくても戦後の良心を存分に語り、語りつくして静かに果ててしまったのだから。
古い友人の一人からメールがきました。・・・大江健三郎の初期の作品と憲法9条解釈は、あまり話し合ったことはなかったが65年をこえて続いてきた貴兄との友情の接点だったと思っています。・
いま僕らは旗手を失った。だがその教えは生きている。